セガ・アーケードゲームヒストリー

2017.07.21 コラムを更新!好評連載中!

第5回
ドット絵から3Dポリゴンへ
(1992年~1999年)

2017年01月21日掲載

ゲーム業界の歴史を振り返るコラム。各時代のムーブメント(時代背景やおもな出来事など)を解説しつつ、年代ごとにカルチャーとしてのゲーム(おもにセガ・インタラクティブのアーケードゲーム)の立ち位置や魅力を語っていく。

1990年、任天堂はファミリーコンピュータの後継機であるスーパーファミコンを市場に投入。これにより、すでに発売されていたNECホームエレクトロニクスのPCエンジン(1987年)、セガのメガドライブ(1988年)と並び、いわゆる三つ巴の"次世代ゲーム機戦争"が勃発する。

この家庭用ゲーム機の販売競争は、据え置き型ゲームだけでなく携帯型ゲームにも飛び火し、任天堂のゲームボーイ(1989年)、セガのゲームギア(1990年)、NECホームエレクトロニクスのPCエンジンGT(1990年)が、それぞれしのぎを削る時代となっていた。

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▲『メガドライブ』(1988年)

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▲『ゲームギア』(1990年)

バブル経済がじょじょに崩壊に向かう流れのなか、それとは反比例するように、"ゲーム機戦争"はヒートアップ。1990年代中期に入ると、突如、ソニーの関連会社であるソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)がゲームビジネスに参入し、プレイステーション(1994年)をリリースする。

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▲『セガサターン』(1994年)

ほぼ同時期に、セガもセガサターン(1994年)を発売し、また、NECホームエレクトロニクスからはPC-FX(1994年)が登場。さらにパナソニックや三洋電機などからは3DO(1994年)が、SNKからはネオジオCD(1994年)が発売され、未曾有の家庭用ゲーム機発売ラッシュとなっていった。

電子技術の進化は恐ろしく早い……。家庭用ゲーム機の性能は目覚ましい勢いで進化し、供給媒体もROMカセットからCD-ROMへと移り変わっていった。これまでよりも大容量のデータを記録できるようになり、グラフィックやサウンドも昇華。実写を取り込んだり、オーケストラなどの生音を使ったゲームも増えていった。

このように家庭用ゲーム機の性能が進化するにつれ、アーケードゲームの分野は差別化を図るべく、さまざまな施策を試みていた。そのひとつに、3Dポリゴンと呼ばれる新たなCG描画技術の導入がある。

これまでゲームのグラフィックは、小さなマス目に色を置き、それを並べ合わせて表現する"ドット絵"という手法が用いられていた。ドット絵のキャラクターを動かす場合には、セル画アニメやパラパラマンガと同じ仕組みで、動きのパターンの数だけドット絵を用意しなければならなかった。

対して"3Dポリゴン"は(おもに)三角形を組み合わせて、物体やキャラクターを表現する描画方法である。コンピュータの計算によって、いままでもよりも簡単に立体的な動きや表現ができるようになったのである。

ちなみに、商業用ゲームとして世界で初めてリアルタイム3Dポリゴンを採用したのはATARIの『I,Robot』(1983年)だ。ただ、先見の明はあったものの、残念ながら本国(北米)での人気は低く、商業的には厳しい作品となった。

また、日本国内初の3Dポリゴンアーケードゲームといえば、ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)の『ウイニングラン』(1988年)である。なお、まだ当時はテクスチャマッピングの技法がなく、ポリゴン剥き出しのグラフィックだった。

そんな時代の流れのなか、セガは1992年に3Dポリゴン描画機能を搭載したアーケード基板"MODEL1(モデルワン)"を開発。"MODEL1"上で動作するゲームとして、『V.R. バーチャレーシング』(1992年)をリリースした。なお、ディレクターを手掛けたのはご存じ、鈴木裕氏である(ちなみにサウンドは光吉猛修氏、チーフ・デザイナーは名越稔洋氏と蒼々たるメンツ)。

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▲『バーチャレーシング(1人用)』(1992年)

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▲『バーチャレーシング(2人用)』(1992年)

デラックス筐体では、16:9 のワイド画面をアーケードゲームとして初めて採用。また、ピットクルー(人物)を登場させたり、路面にタイヤ跡を残したりなど、さまざまなポリゴンの描写表現にチャレンジした意欲作となった(ちなみに鈴木裕氏いわく、ピットクルーをポリゴンで動かすことができたことが、その後の『バーチャファイター』の制作に繋がったと言う)。

さらに翌年には、カプコンの『ストリートファイターII』(1991年)が火付け役となった格闘ゲームブームに輪をかけるように、世界初となる3D格闘ゲーム『バーチャファイター』(1993年)を発売。

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▲『バーチャファイター』(1993年)

ポリゴンで描かれたキャラクターが格闘を繰り広げるそのビジュアルは非常に斬新で、ゲームファンたちの度肝を抜いた。この『バーチャファイター』の登場によって、3Dポリゴンゲームが定着。そして、さらに翌年、『バーチャファイター2』(1994年)の登場で、一大3D格闘ゲームブームが訪れることになる。

ブンブン丸、新宿ジャッキー、キャサ夫、池袋サラといった、"鉄人"と呼ばれる『バーチャファイター2』の有名プレイヤーたちが話題となり、ゲームメディアはもちろんのこと、テレビや一般誌などでも取り上げられた。

さらにセガは3Dポリゴンを使った作品として、『バーチャコップ』(1994年)『電脳戦機バーチャロン』(1995年)などをリリース。続く1996年には、"MODEL3"基板を採用した『バーチャファイター3』を発売し、3D格闘ゲームとしての揺るぎない地位を築いていった。

そして1998年には、家庭用ゲーム機"ドリームキャスト"が登場。"MODEL3"基板に匹敵する美麗な映像表現を家庭ゲーム機で実現させたのだ。

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▲『バーチャコップ』
(1994年)

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▲『バーチャロン』(1995年)

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▲『ドリームキャスト』(1998年)

さらにドリームキャストと互換性を持つ、アーケード基板"NAOMI(New Arcade Operation Machine Ideaの頭文字を取って命名)"の登場により、アーケードゲームが遜色なく家庭用ゲーム機に移植される時代へと突入していくのである。

(文・ローリング内沢)

1992年~1999年のおもな出来事

1992年

  • 東海道新幹線に"のぞみ"が登場
  • 歌手の尾崎豊さんが死去
  • バルセロナ五輪で14歳の岩崎恭子選手が金メダルを獲得

1993年

  • 皇太子と雅子さまがご結婚
  • 曙さんが外国人力士として初めて横綱に昇進
  • 国内初のプロサッカーリーグ(Jリーグ)が開幕

1994年

  • 関西国際空港が開港
  • オウム真理教による松本サリン事件が発生
  • セガサターン発売、プレイステーション発売

1995年

  • 阪神・淡路大震災が発生
  • Windows 95発売
  • 野茂英雄投手が米大リーグで新人王を獲得

1996年

  • 棋士の羽生善治氏が史上初の七冠独占を達成
  • マンガ家の藤子・F・不二雄さんが死去
  • SMAP の森且行氏がオートレーサー転身を発表

1997年

  • 消費税率が3%から5%に引き上げ
  • ナゴヤドーム完成、大阪ドーム完成
  • 長野新幹線が開業

1998年

  • 冬季長野五輪が開催
  • 郵便番号が5桁から7桁に
  • 貴乃花さんと若乃花さん、史上初の兄弟横綱が誕生

1999年

  • プロレスラーのジャイアント馬場選手が死去
  • 地域振興券を政府が対象者に支給
  • "2000年問題"が話題に

参考資料:セガ・アーケード・ヒストリー(エンターブレイン刊)

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