セガ・アーケードゲームヒストリー

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第1回時代を先取りしすぎな
ゲーム業界の偉大な先輩!

2016年08月02日掲載

愛すべき相手に敬意を表し、"○○先生"、"△△師匠"、"××閣下"など、ちょっと大層な敬称を付けて呼ぶのは、よくあること。

ただし、外国人パブのオネーサンが社長でもない客に、「シャッチョさん、シャッチョさん!」と声をかけるのは、ちょっと意味合いが異なるので賢明な読者諸君は気を付けていただきたい。

話は逸れたが、だからこそこれまで数々の素晴らしいゲームを生み出してきた"セガ"という会社も、多大な敬意と愛情を込めて"セガ先輩"と呼ばせていただきたい!

そんな"セガ先輩"は、いつも10年以上、時代を先取りしすぎている。

たとえばだ、1990年にはコクピットが360度回転するゲーム筐体『R-360』を生みだし、さらに1991年には3Dホログラム(立体映像)によるゲーム『ホログラム・タイムトラベラー』をリリース。はたまた、1994年にはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着し、VR(バーチャルリアリティー)空間でシューティングゲームを楽しむ『VR-1』を世に送り出してきた。

▲『R-360』筐体 (1990年)

なんというか、先見の明はあるものの、いかんせん時代を先取りしすぎて、むりやりボール球をホームランにしてしまうような、まるで明訓・岩鬼正美を彷彿とさせる豪快な先輩なのだ。とまあ、セガ先輩を、名機『ロボピッチャ』に絡めて野球に例えてみたけれど、よくわからない"例え"になってしまったので閑話休題。

つまりだ、リスペクトの念はもちろんだが、どこか憎めず愛すべき存在である"セガ"(とくにアーケードゲーム)の魅力をゆる~く語っていくコラムをスタートさせたいということなのである。

そこで今回は、連載第1回目ということもあり、筆者の自己紹介も兼ねてセガ先輩との出会いを語っていきたい。

筆者の生業はフリーのライター・編集者。1989年にゲーム情報誌(『週刊ファミ通』)の編集部に入社し2000年に卒業。以後、フリーランスとしてゲーム関連の雑誌やWebで原稿を書いたり、はたまたゲーム番組やゲームイベントのMCやコメンテーターなどを手掛けることも多い。

1970年生まれということもあり、家庭用ゲーム機よりも先に、アーケードゲームにハマった幼少期で、初めてプレイしたアーケードゲームは『ブレイクアウト』(1976年・ATARI)だったと思う。

そんななか、セガ先輩のことを初めて知ったのは、たしか『ディプス・ボンブ』(1978年)『フロッグス』(1978年)『スペースファイター』(1978年)あたり。当時、王子駅の駅前にあったゲームセンター"インベーダー道場"で出会った記憶がある。

▲『ディプス・ボンブ』筐体
(1978年)

▲『フロッグス』筐体(1978年)

▲『スペースファイター』筐体
(1978年)

ちなみに"インベーダー道場"は雑居ビルの2階に位置し、同じビルの3階には"キャバレー・女の世界"があった。"インベーダー道場"に行くには、3階まで一直線に続く大階段を上らないといけない。"インベーダー道場"に行くにも"キャバレー・女の世界"に行くにも入り口はひとつ。しかも、ビルの入り口(階段)の真上には、でかでかと"キャバレー・女の世界"の看板があるという、ゲーセンに行くには少々罰ゲームに近い環境だった。

まさか小学生がキャバレーに行くとは思われないものの、幼心ながらなんとなく階段を上がるのが気まずかった記憶もある。なお、当時はまだ風営法改正以前だったこともあり、小学生だけでゲームセンターに入り浸ることもできた、そんな大らかな時代だ。

当時はとくにメーカー名なんて気にせずに遊んでいたので、『ディプス・ボンブ』『フロッグス』『スペースファイター』が、セガ先輩の作品だったなんてのは後で知った話。

その後、きちんと"セガ"という名前を意識したのが『ヘッドオン』(1979年)だったと思う。家の目のまえにあった、文房具屋の軒先に置いてあり、ほぼ毎日のように遊んだ覚えがある。

『ヘッドオン』といえば、ドットイートゲームの元祖と言われている作品。ドットイートゲームとして有名なのは『パックマン』(1980年・バンダイナムコエンターテインメント)だが、じつはセガ先輩の『ヘッドオン』のほうがデビューが1年早かったというのは知る人ぞ知る事実。とはいえ、世界的にヒットしたのは残念ながら後者だ。

▲『ヘッドオン』筐体(1979年)

いやはや、このころからセガ先輩は時代の"2歩先"を進んでいたのだな、と納得。1歩先ではなく、2歩先というのがセガ先輩の持ち味。1歩先なら時代の流れに合わせられる距離だけど、2歩先だとちょっと先取りしすぎて歩幅を合わせるのが難しい距離……。将棋の"二歩(にふ)"よろしく、いろいろ先走りすぎて"禁じ手"的なイメージもなきにあらず……だ。

と、なんとなく2歩(にほ)と二歩(にふ)をかけてみたが、いまいちよくわからない例えになってしまった。ダジャレにもなっていない中途半端な"例え"に「イラッ」と来た人は安心してほしい。さきほどの野球の例えと合わせて、あとで切腹をしておく。

とまあ、無理やりまとめると、このように、懐が深くて、新しいもの好きで、チャレンジ精神旺盛な先輩(人)って、みなさんのまわりにもひとりはいるハズ。

そういう人ってなぜか憎めず、愛されキャラが多いと思いませんかね? いわゆるムードメーカー的な印象。そういう意味では、コアなセガファンが多いのもうなずける。

当コラムでは、さまざまな視点で、そんなセガの魅力を語っていきたいと思う。月イチ更新のゆる~いコラムですが、ぜひお付き合いください。

ローリング内沢

1970年、東京生まれ。ライター、編集者、ゲーム批評家。
ゲーム情報誌の編集者を経て、2000年4月よりフリーランスとして活動。
得意分野はゲーム、クラブミュージック、グラフィックデザインなど。
趣味が高じて、クラブDJとしても暗躍中。
イラスト:荒井清和

参考資料:セガ・アーケード・ヒストリー(エンターブレイン刊)

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