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ギャンブル・カジノゲームは
大きな夢を見られるのが何よりの魅力

―セガに入社することになったきっかけは?

大学の就職活動では、ゲームメーカーだけでなく、商社や航空会社などを広範囲で受けました。結果、セガと関西のゲームメーカーC社と、某商社から内定をいただきまして、いろいろ考えたのですが……ただ中学・高校と、よくゲームセンターに通っていたときにハマったのがセガのゲームだったんですよね。
『スペースハリアー』(1985年)、『ハングオン』(1985年)、『アウトラン』(1986年)など、体感ゲームの全盛期で、『アウトラン』は音楽にも惹かれてサントラCDも買ったくらいですから。また、当時のゲームセンターといえば、セガのゲームが圧倒的で勢いもありました。
そのような想いもあり、「自分も、そんなセガでゲームセンター向けのゲームを作れたら面白いかな」と、最終的にはセガを選びました。

―当初はビデオゲームの部署を希望されていたのですね

そうです。ただ、入社面接で当時部長だった小口久雄さん(現・セガサミークリエイション代表取締役社長CEO)とギャンブルの話で盛り上がりまして、それがきっかけになったのかはわかりませんが、配属されたのは第6AM研究開発部(当時)というメダルゲーム開発の部署だったんです。学生時代、ゲームセンターにはよく通っていましたからメダルゲームもそれなりには遊んではいましたが、「メダルゲームの企画・開発を手掛けられるだろうか?」と、正直、不安や戸惑いもありました。

―入社当初はどのようなお仕事を?

第6AM研究開発部に配属されて初めて手掛けたのは、2個の大型ダイス(サイコロ)を転がして、その出目を予想する『スーパーダイスクラップス』(1995年)というダイスゲームです。
本作では、ゲームの仕様を考えたり、デバッグやバランス調整を行ったりなど、企画業務のお手伝いを担当させていただきました。

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―最初は不安や戸惑いがあったということですが、実際にお仕事を手掛けてみて、その気持ちはどう変わりましたか?

そもそも、ギャンブルやカジノゲームは好きでしたし、また同じ部署に配属された同期も似たような趣味でしたので、「なんとか、やっていけるかな?」という気持ちにはなっていました。
そんなカジノゲーム好きな同僚たちと、よく一緒にプライベートでラスベガスにも行きました。トータルで何回行ったかわかりませんが、30回以上は行っていると思います。多い時期は1年に4回ぐらいは行っていましたから(笑)。
ラスベガスはカジノが有名ですが、単にそれだけではなく、いかにお客さまを喜ばせるか、街全体がエンターテイメントに溢れているのが魅力のひとつなんですよね。
そんな雰囲気に後押しされてか、「一発奮起して、セガでメダルゲームのヒット作を作ろう!」と思ったんです。

― ちなみに、ギャンブル・カジノゲームの魅力とは?

これは実際のギャンブル・カジノゲームでも、またメダルゲームでも同じですが、大穴を一発当てたときの爽快感と、「もうこれで、一生遊んで暮らせるんじゃないか?」という夢を見させてくれる部分ですかね。
このベット(賭け)で、もしかしたらメダル100万枚が手に入るかもしれない……宝くじにも近いんですが、そんな大きな夢を見られるのが何よりの魅力だと思います。

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佐藤直行[後篇]

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