- 97年にセガに入社されておりますが、実は開発職を希望していたわけではないそうですね。

そうなんですよ。もともと、色々な人とコミュニケーションを取りながら仕事をしたいと考えていたので、営業職で志望を出していました。それが、入社をしてみると、なぜか品質保証部に配属されました(笑)

- 品質保証部から、どのような経緯で開発部門へ異動することになったのですか?

品質保証部に配属されてから、1年も経たないうちに、ドリキャス(ドリームキャスト)のハードウェアを開発する部署へ異動することになったんです。特にハードウェアに詳しいわけでもなく、希望を出したわけでもないんですけどね。

- 突然の部署異動ですね。

私もそう思います(笑)。そこでドリームキャストが発売された後に、「西山はプロデュース系の仕事が向いているんじゃないか」ということで、アシスタントプロデューサーとして、今度はソフト開発の部署へ異動することになりました。

- そこからクリエイターとしての仕事を始めることになったんですね。ちょっと話を前に戻させてもらいますが、そもそも、どのような理由でセガを選んだのですか?

セガはゲームセンターをはじめとして様々な施設を持っていたので、それに関わる仕事ができればと思ってセガを選んだんです。その仕事をしている中で自分がやりたいことが見いだせればと考えていたんです。もちろん、ゲームそのものが大好きだったというのもあります。

- ちょうどファミコン世代ですね。

そうですね。少し年上のいとことナムコさんの『ファミリースタジアム』でよく勝負していましたよ。いい試合をしないと誘ってもらえなくなるので、めちゃくちゃ練習をして頑張ってました(笑)

西山泰弘

地元中のゲームセンターのランキング1位をブルガリアに!

- ゲームセンターでも遊んでいたんですか?

大学生になったら頻繁に行くようになりました。その時は『バーチャストライカー』が好きで、地元中のゲームセンターのランキング1位をブルガリアにするために、1日で何店舗も回っていたこともありましたよ(笑)

- 自分の爪痕を残してやろうと?

そうですね。当時はゲームがうまい=正義みたいなところもありましたからね。

- ちなみに、思い入れのあるゲームを挙げるとしたら、どのようなタイトルがありますか?

先ほど挙げた『ファミリースタジアム』もそうですが、ヒューマンさんの『スーパーフォーメーションサッカー』などスポーツゲームが思い出深いですね。それとシミュレーション系も好きなので、コーエーさん(当時)の『信長の野望』シリーズもよく遊んでいました。今でも『三国志インターネット』はプレイしていますよ。1999年の発売 ですから、もう17年もプレイしていることになりますね。実は『三国志インターネット』に勝てるゲームを作らないといけないという思いで『三国志大戦』を作っていました。開発途中には何度も「まだ勝ててない」とかスタッフに話していましたよ。