Creator’s Interview

当時のセガは"責任のあるサークル"
のようでしたね

-ゲーム業界を目指すことになったきっかけは?

『ゼビウス』を初めてプレイしたときに受けた衝撃と感動がきっかけで、中学1年生のときに「将来はゲームの仕事に携わりたい」と思うようになったんです。ちなみに、当時のハイスコアを、現在使用しているキャッシュカードの暗証番号にするほど『ゼビウス』が好きなんですよ。いまここで、そのスコアは言えないんですけど(笑)。
じつは大学進学を決意したのも『ゼビウス』がきっかけなんです。
当時、『朝日ジャーナル』に筑紫哲也さんが連載していた"新人類の旗手たち"という対談企画に、『ゼビウス』のゲームデザイナー・遠藤雅伸さんが登場していて、そこで遠藤さんが千葉大学を卒業されていることを知り、「大学を出たほうがゲーム開発者を目指しやすいんだ!」と思い、大学進学を決意したんです。対談記事を読み、どのような経歴の方が、どういう考えでゲームを作ったのか、を知ることができたのは今振り返ると貴重でしたね。「将来ゲームの仕事に携わりたい」というぼんやりした夢が、具体的な目標となり道筋となったので。『ゼビウス』のおかげですね(笑)。

-セガに入社した経緯は?

大学時代は、ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)直営の"プレイシティキャロット"というゲームセンターでアルバイトをしていました(※現在、アルバイトしていた店舗は閉鎖)。そこで『アウトラン』、『アフターバーナー』、『パワードリフト』など、セガのアーケードゲームにハマり、それがきっかけでセガの入社試験を受けてみようと思ったんです。
ちなみに、当時のセガのアーケードゲーム(体感ゲーム)で私が"面白い"と感じたのは、"ごっこ遊び"の部分、そしてそれをサポートする"リアリティ"の高さです。私にとっては、『アウトラン』はスポーツカーでドライブする"ごっこ"で、また『アフターバーナー』はトム・クルーズ"ごっこ"(『トップガン』ごっこ)でした。あたかもドライブしているような、アクションしているような気持ちになれる、ゲームの"リアリティ"の高さにワクワクしましたね。
またさらに、セガのゲームの魅力のひとつには、"ダイナミック"さがあります。たとえば『アウトラン』や『パワードリフト』の迫力のあるダウンヒル表現、『アフターバーナー』の猛烈な勢いで流れていくフィールドなど、破壊力さえも感じますよね。
そして、そんなセガ(当時はセガ・エンタープライゼス)に入社したのは1993年。希望していた第二AM研究開発(通称"AM2研"、現:セガ・インタラクティブ 第二研究開発本部)に配属されて、現在に至ります。当時のゲーム雑誌で『アフターバーナー』が"AM2研"で作られていることを知り、自分も開発に携わりたいと思っていたので、"AM2研"に配属が決まった瞬間は思わずガッツポーズしましたね。

-当時のセガの雰囲気はどうでしたか?

イケイケでした(笑)。30代だった鈴木裕さんが役員を務められていて、フェラーリに乗っていましたから。すごいなあって。その当時のセガは、会社というよりは"責任のあるサークル"という印象でした。当時は、大手一般企業への推薦が多かった時代にも関わらず、あえてゲーム業界への就職を選んだ、ちょっと異色の人たち(?)が多かったんですよ。まあ、私もそのひとりですけど(笑)。

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