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小早川 賢【前編】 小早川 賢【前編】

CREATOR’S
INTERVIEW #002

小早川 賢

ページ

代表作:『maimai』『CHUNITHM』(開発ディレクター/総合ディレクター)、その他担当作『アヴァロンの鍵シリーズ』『恐竜キングシリーズ』等

トップスペシャルコンテンツCREATOR`S INTERVIEW #002

ページ1/2

  • CHAPTER 1
  • CHAPTER 2
  • CHAPTER 3

CHAPTER 1

入社前から根拠のないクリエイティブに対する
自信だけはありました(笑)

-ゲームプランナーという職種に興味を持ったきっかけを教えてください。

元々私は、ゲームクリエーターを目指していたわけでもなく、マンガ編集者とか新聞記者になんとなく憧れていた「普通の学生」だったんですよ。
就職活動を始めるまでは、ゲームプランナーを目指そうなんてまったく想像していませんでしたし、その存在も知りませんでした。
就職活動中、当時一緒に『バーチャファイター4』を遊んでいた友人が偶然、セガの求人ページを見ていて、そこで初めてゲームプランナーという職種の存在を知りました。
もともと”クリエイティブな仕事をしたい”という気持ちがあったことに加えて、セガのアーケードゲームが好きだったこともあり、「試しに受けてみようか」と応募したのがゲームプランナーになった経緯です。

-さまざまな職種があるなかで、ゲームプランナーという職種にひかれた理由は?

当時、”根拠のないクリエイティブに対する自信”だけはあったんですよ(笑)。何かモノづくりをしていたわけでもないので、普通はもう少し躊躇するものだと思うのですが、クリエイティブの仕事には興味があったこともあって、見てすぐに”やってみたい”、”やれる”みたいな気持ちで採用試験を受けました。
一応、学生時代はセガのアーケードゲームでずっと遊んでいましたので、アーケードゲーム/セガという会社自体には興味があったのですが。

学部も経済学部でゲームプランナーの仕事とは直接関係はありませんでしたので、就職活動まではその存在も知らず、アーケードゲームが好きな普通の学生がある日突然、ゲームプランナーを目指したわけです(笑)

-当時のゲームプランナーの門戸は?

当時から色々なことをやっている会社でしたので、その可能性に魅力を感じた学生が多く、倍率は高かったです。また、採用する側も色々な可能性のある学生を取りたがる傾向にあり、当時からバラエティーに富んだ人が集まっていたように感じます。”ゲームに関わらず、おもしろいことが好き”というセガらしい人の集め方があったからこそ、私のような人間でも採用してもらえたのかもしれませんね(笑)

- 入社してから、ゲームプランナーという職業に対する認識は変わりましたか?

入社する前のゲーム作りの印象は、カリスマ性の高い監督(プランナー・ディレクター)がホワイトボードの前で完璧な采配を振い、その采配次第で商品のクオリティが決まる、それこそ「東京トイボックス」みたいな展開を想像していました(笑)
今はあんまりそういうことはないですけど、私が入社後に所属した部署の新人研修では、毎日、企画書を書いて先輩に熾烈なダメ出しを受けるという、過酷な洗礼を受けていたこともあって入社して暫くの間は”ゲームプランナーはアイデアが無くては存在理由が無い”くらいに思っていましたね。
しかし実際に現場の仕事に携わってみると、プランナーだけでなく、デザイナーやプログラマーもアイデアを出しますし、むしろ、そういって集まった意見を地道に、しっかりとまとめて上げていく工程の方が重要で、地味ですが、とても堅実な仕事だとわかりました。
面白いものを作るには、当然ベースとなる「面白いアイデア」ありきではあるのですが、自分が前に出ることが重要ではなく、周囲の意見をしっかり聞いて、各スタッフのポテンシャルを引き出すことの方が実は重要な仕事だと感じました。
そういう意味では、入社前には「自分なんかが監督になれるんだろうか」と結構、心配していた部分も大きかったのですが、働いてみると印象は変わり、「ボクでもゲームプランナーとしてやっていけるかも!」と徐々に確信を持てるようになりました。

CHAPTER 2

ゲームは"一種のコミュニケーションツール"
だと思っています

-小早川さんのゲーム歴をお伺いしたいのですが、初めてプレイしたゲームは?

初めてプレイしたのは、PC版の『プリンスオブペルシャ』と『DOOM』です。家庭用ゲーム機を買ってもらえない家庭だったのですが、父親がPCメーカーに勤めていた関係でPCゲームだけは許されていまして、当時の”理不尽の塊”のようなレベルデザインのゲーム経験だけは何故か培われていましたね。『プリンスオブペルシャ』は段差から落ちてすぐ死にますし、『DOOM』は3D酔いしましたし。
初めて出会ったゲームというエンターテイメントの印象は”過酷”でした(笑)

- ちなみに初めてクリアしたゲームは?

『イースⅠ・Ⅱ』と『天外魔境』がそれにあたるかなと思います。
兄が、父親に内緒でPCエンジンを購入してリビングでこっそりやっていたのを、後ろでエンディングまでずっと見ていまして、自分で遊んでいたわけではなかったのですが、兄と会話をしながら最初から最後までゲームを見て・共有することで、自分がゲームをクリアしたような気持ちになれたのをよく覚えています。
その他、『くにおくん』シリーズなんかを友人の家で一緒にクリアしたのもよく覚えていますね。
そのような経緯もあって、私にとって、家族や友人と遊ぶゲームというものが、楽しいゲームなんだという意識になんとなくなっていったのだと思います。

-もっとも思い出深いゲームはなんですか?

アーケード版の『バーチャファイター3』です。学生時代に一番たくさん遊んだゲームで、対戦の駆け引きが熱く、かなり長い期間、友人と遊んでいました。
これは私の解釈となってしまうのですが、バーチャファイターというゲームは技の読み合いを通じて、気持ちが通じ合えると言いますか……。特に『バーチャファイター3』の投げ抜けは、相手の心理を読まないと成立しない部分が多いと感じていまして、”相手の思考を読み切った”というゲーム上(バーチャル)での快感と、”相手の心とつながった”という現実世界(リアル)での快感がリンクして、とても心地よい経験の出来るゲームだったと思っています。
マシンガンニーリフト(ジェフリーの下段投げ技)を相手に投げ抜けされたときには、「やられた!」と思うと同時に、何故かニヤニヤしてましたね。友人と会話をする代わりに『バーチャファイター3』をプレイする、そんな10代でした。そのようなこともあって、ゲームは”コミュニケーションツール”という強い意識になったのだと思います。
また、同時期にバーチャの合間にやっていた音楽ゲームも思い出深いですね。ゲームという媒体を通して様々な音楽と出会える経験が出来たことで、それまで殆ど意識することがなかった「ゲームミュージック」というものの考え方が、根本から変わる経験が出来ました。
振り返ってみると、これらの経験が今作っている作品に色濃く影響されている気がしますね。

-ずばり、小早川さんにとって、ゲームのすばらしさは何だと思いますか?

老若男女問わず、誰もが同じ感情を共有できるエンターテイメントであること。
そして、様々な人とつながれるところだと思います。

CHAPTER 3

クリエイターとして成長に必要なものは
会社が提供してくれた

-ゲームプランナーに必要なものはなんだと思いますか?

そうですね。ひとつ目は”自分のビジョン”、”やりたいことを持つ”ということだと思います。
次に、”そのビジョンを他のメンバーと共有し、協力してもらえるようなコミュニケーションを取れる”こと。
そして最後に”ガッツ”ですね。最後までやり遂げる気持ち、力、体力があることです。
この3つを持ち合わせていればまず問題なくゲームプランナーとしてやっていけると思います。もしかしたらこれは、クリエイティブの現場全般に言えることかもしれませんね。
これらプランナーに必要な要素については、私も最初から持っていた訳ではないのですが、諸先輩から教えてもらったり、経験するチャンスをもらったり、そういったことを通して、人並みに持てるようになったかなと思っています。少し自社のアピールになっちゃいますが、セガという会社は、このようなことをしっかりと教育してくれたり、成長する機会を提供してくれるところが、特に良いところじゃないかなと思います。

-ちなみにゲーム制作に活かすために、日々何か特別なことはしていますか?

特別なことはしていませんが、ゲームについて年がら年中考えていますね。お風呂に入っている時もトイレ中も、休日も、気づいたら考えているので、もはやある種の病気です(笑)。
ぼーとしている時間はずっと考えごとばかりしているので、これといった趣味は無いのですが、考えることが習慣化して、モノを考えることにストレスを感じずに仕事はできていますね。
また、こんな性格・生活なので「プライベートでも会話が真剣(ガチ)すぎる」とはよく言われます(笑)。たとえば、友人と飲みに行っても気軽な会話をあまりせず、頻繁にモノ作りのガチ話をしちゃうので、一緒にいる人は少し疲れるかもしれません(笑)

- (笑)。そんな小早川さんが、初めてプランナーとして携わったゲームタイトルは?

初めて参加したタイトルは『アヴァロンの鍵』というアーケードのカードゲームです。チームに合流してすぐに、プランナーとしてカードの性能やバランス調整を担当しました。 入社してすぐのプロジェクトということもあって、最初はすごく戸惑いましたが、自分が考えたカードの性能やバランスがゲーム性にとても大きく影響する仕事ということもあり、とても大変でしたが、仕事としては非常にやりがいを感じました。
アーケードゲームの場合は、家庭用ゲーム機とは異なり、お客さまがゲームをプレイしている姿をゲームセンターで見れるんですよね。『アヴァロンの鍵』でも苦労して調整したゲームを真剣にプレイしているお客さまのリアクションを直接見ました。それからアーケードゲームの制作者ならではの特権だとずっと感じています。
“お客さまを楽しませるために考える”、”楽しんでいるお客さまが見れる”、という意味では
サービス業に近い感覚なのかもしれませんね。ただし、良い反応だけではなく、悪い反応も見えてしまいますけどね (笑)。
だからこそ、手掛けた作品がお客さまに好評いただけたときは、本当に嬉しいです。まさにクリエイター冥利に尽きますよね。

編集・執筆:ローリング内沢、杉山翔太郎

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