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百渓 曜【前編】 百渓 曜【前編】

CREATOR’S
INTERVIEW #019

百渓 曜

ページ

代表作:『BORDER BREAK』(ディレクター)

トップスペシャルコンテンツCREATOR`S INTERVIEW #019

ページ1/2

  • CHAPTER 1
  • CHAPTER 2
  • CHAPTER 3

CHAPTER 1

ゲームで貯金を使い果たしてゲームライターへ、
ライターからゲームプランナーへ

-百渓さんはゲームライターを経てセガに入社されたそうですが、ライターになった経緯を教えてください

学生時代、ゲームで遊ぶのは好きでしたが、当時は「ゲーム制作はプログラムなどの勉強をした特別な人がやるもの」という意識があり、将来の職業の選択肢には入っていませんでした。
高校を卒業後、大学に進学しようと思っていたのですが、けっきょく大学には進まず、しばらくはゲームを中心に遊んで暮らしていました。18歳くらいのころ、『ストリートファイターII』(1991年/カプコン)にハマり、そこから対戦格闘ゲームをずっとやっていました。そして22歳のときに『バーチャファイター2』(1994年)を遊びすぎて貯金がなくなってしまいまして(笑)。そのときにゲーム雑誌でライターをやっていた知人が「いっしょに働かないか?」と誘ってくれたのがきっかけです。

-そこからどのようにセガへの入社につながっていくのでしょうか?

以前ライターとして一緒に仕事をしていた方が、『バーチャファイター4』(2001年)の開発のお手伝いをしていまして、僕に声をかけてくれたんです。
そのころ私はフリーランスとして仕事をしていたので、『バーチャファイター4 エボリューション』(2002年)から業務委託として開発に参加させてもらうことになりました。
『バーチャファイター4 エボリューション』のプレイステーション 2版の開発が落ち着いた頃、いったん契約満了という形でセガから離れたのですが、その後またまたセガの『Quest of D』(2004年)にドハマり。ひたすらプレイしていたら、再び声をかけてもらった感じです。2007年から『ボーダーブレイク』(2009年)のチームに参加し、契約社員となりました。

『バーチャファイター4 エボリューション(プレイステーション 2版)』で採用されているフレーバーテキスト

-ライターとして働いていた経験は、セガでの仕事でも役立ちましたか?

はい、いまでも大いに役に立っています。
じつはライターになる以前から、「このゲームはこういう作りだな」、「もっとこうだったら面白いのに」といったことを考えるタイプで。ゲームライターは、ゲームを分析してそれを文章にする仕事ですから、その経験はプランナーの業務に直接役立っています。
また、ライターとして身につけた、”わかりやすく説明する”、”間違いのない文章を書く”スキルを発揮して、フレーバーテキスト(ゲーム内の武器・防具・アイテム・背景設定などを説明する文章) を始めとする、ゲーム内外でのテキスト作成で活躍できました。

CHAPTER 2

『ボーダーブレイク』には当初、
"ゲートを壊さないと敵ベースに進入できない"
というアイデアもありました

-『ボーダーブレイク』チームに参加して、最初に手掛けた業務は?

プランナーとしてチームに参加したのですが、時期的にはアーケード版『ボーダーブレイク』がリリースされる2年前くらいです。
当初は、機体のカスタマイズや挙動の仕様から始まり、その後、武器、報酬やアイテム関連など、次第に幅広く担当するようになっていきました。結果、遊びに関わる部分を広く任せてもらう形になりましたね。
これまで、ライターとして数々のゲームを客観的に見てきた、ということもあり、「こうしたら面白くなるのではないか?」、「こうすればプレイヤーがハマるのではないか?」と、遊ぶ側の気持ちを考えながら作っていくことが自然にできていたのではと思います。

『ボーダーブレイク』(アーケード版)ゲーム画面

-ちなみに、当時はどの程度ゲームが出来ていたのですか?

ロボットが動いてTPS(サード・パーソン・シューティング)のシステムで戦う、というベースの部分は出来上がっていましたが、まだステージの広さも決まっていない状態でした。
全体の開発度合で言いますと、おおむね50パーセントぐらいだと思います。企画が形になって、そこから方向性を詰めていく段階の手前ぐらいでした。

-方向性を決める際にはどのように意見をまとめていくのでしょうか?

基本的には話し合いですね。
ゲームの概要はほぼ完成していましたので、ルールなどを詰めるために、まずプランナー中心でブレインストーミングをして、そこで出た意見やアイデアのなかで良いものをチーム全体で共有しつつ採用していきました。たくさん話し合いをしましたね。

-ロボットが戦うTPSというベース部分は早い段階で決まっていたのですね

私は途中から参加したので、聞き伝えになってしまいますが、まず「チームバトルのTPSをアーケードゲームで出そう」という企画がスタートとしてありました。
さらに、「人間同士の撃ち合いよりもロボット同士の戦いにしたほうがかっこいいし、殺伐とした感じにもなりにくいよね」という流れになり、現在のようなロボットのチームバトルになったそうです。

-ちなみに、当時採用されなかったゲームルールのアイデアなどはありますか?

ルール決めについてはかなり苦労したと聞いています。
いまはマップ内にあるプラントを制圧するとチームが有利になり、最終目標である敵のコア(拠点)を破壊すれば勝ち、あるいは時間切れになった場合は相手のコアにより大きなダメージを与えたほうが勝ち、となっています。
しかし、当時はコアに至るまでの道筋がいま以上に練られていて、たとえば“ゲートを壊さないと敵ベースに進入できない”というアイデアもありました。

-そのアイデアが採用されなかった理由は?

当時はたぶん、ゲーム性がシンプルなゆえに、そういったやり込み系のアイデアが出てきたんだと思います。ただ、いろいろとバランスを調整していくうえで、わかりやすさを優先するという決断になりました。
じつはほかにも、占拠すると敵のコアに定期的にダメージが入る攻撃施設、といったアイデアも試していたのですが、最終的には現状のように、すごくシンプルでわかりやすい形に落ち着きました。

CHAPTER 3

開発から販売まで、弊社で家庭用ゲームを手掛けたのは
今回が初めてなんです

-『ボーダーブレイク』をプレイステーション 4でリリースすることになったきっかけは?

家庭用化を望むユーザーからの声は、アーケード版をリリースした当初からありました。「家で『ボーダーブレイク』を遊びたい!」、「家庭用が出ればもっとガッツリ遊べるのに!」など。
ただ、我々はアーケードゲームを作る仕事がメインですし、「家庭用を出せばみんなゲームセンターへ足を運んでくれなくなってしまうのでは?」という懸念もあり、そもそも家庭用版を出すことは選択肢になかったんです。

-そこからどのような変化があったのでしょうか?

ひとつには、ゲームセンターの変遷があります。昔に比べると、特に地方は店舗数が減少傾向にあるようです。地方のイベントでユーザーさんから直接お話を伺うと、「クルマで数時間かけないと(『ボーダーブレイク』が遊べる)ゲームセンターに行けない」という方もいらっしゃって。

『ボーダーブレイク』(アーケード版)チャット操作画面

-『ボーダーブレイク』の稼働開始が2009年ですから、時間の流れによる変化は大きそうですね

ええ。あとは、ユーザーさんのライフスタイルの変化もあります。
この9年ほどのあいだに、結婚して家庭を持ったり、また学生から社会人になった方もいらっしゃると思います。そのようなライフスタイルの変化によって、ゲームセンターに足を運ぶのが難しくなってしまった方々に、家庭用版の『ボーダーブレイク』で引き続き遊べる環境を、と思ったのも理由のひとつですね。
『ボーダーブレイク』をもっと多くの方に広めていきたいという想いももちろんあります。
たとえば、ゲームは好きだけどゲームセンターに足を運ばない方もたくさんいらっしゃいます。そういった方々にも、『ボーダーブレイク』の面白さを体験してもらいたいと思っています。

『ボーダーブレイク』(プレイステーション 4版)チャット操作画面

-プレイステーション 4版を開発・リリースするにあたり苦労した点は?

じつは開発から販売まで、弊社主導で家庭用ゲームを手掛けたのは今回が初めてなんです。
そういう意味ではチャレンジングな部分もありました。
とはいえ、家庭用ゲームの開発自体は、『バーチャファイター』シリーズの家庭用ゲーム機版などで経験していましたので、ゼロスタートではありませんでしたが(※)。

(※)『バーチャファイター』シリーズの家庭用ゲーム機版は、当時のセガ(現・セガゲームス)より販売。開発はセガの子会社であったSEGA-AM2(現・セガ・インタラクティブ第二研究開発本部)が担当した。

-アーケード版『ボーダーブレイク』の操作をプレイステーション 4のコントローラーに落とし込むのは大変だったのではないでしょうか?

最初は「TPSのゲームは他にもいっぱいあるから余裕だろう」と高をくくっていたのですが(笑)、アーケード版のタッチパネル操作の落とし込みに思ったよりもだいぶ苦労しました。
タッチパネル操作をプレイステーション 4のコントローラーに割り当てると、すべてのボタンを使っても足りないんです。それをどうしたら遊びやすく、操作しやすくできるか、を考えるところからのスタートでした。
また、マウス操作をアナログスティックで快適に行えるようにしたり、変更した操作に合わせてUI(ユーザーインターフェース)も考え直したりと、操作系統の取捨選択が難しく、かなり苦労しましたが、結果的には遊びやすいインターフェースに仕上げることができたと感じています。

“プレイステーション”は株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの登録商標または商標です。

編集・執筆:ローリング内沢、村田征二朗

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