セガ・アーケードゲームヒストリー

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第2回
セガ・アーケードゲームの 夜明け
(1980年〜1984年)

2016年09月07日掲載

ゲーム業界の歴史を振り返るコラム。各時代のムーブメント(時代背景やおもな出来事など)を解説しつつ、年代ごとにカルチャーとしてのゲーム(おもにセガ・インタラクティブのアーケードゲーム)の立ち位置や魅力を語っていく。

日本初のアーケードゲーム、『ポントロン』(1973年/セガ)および『エレポン』(1973年/タイトー)のリリースから2年……1975年に入ると日本初となる家庭用テレビゲーム機"テレビテニス"(1975年/エポック社)が発売された。

▲セガのビデオゲーム第1弾『ポントロン』筐体
(1973年)

"テレビテニス"は、『ポントロン』や『エレポン』と同様に、画面上のパドルを操作してプレイヤーどうしがボールを打ち合う、いわゆる"テニスゲーム"だ。

この"テレビテニス"の登場を皮切りに、"テレビゲーム6・15"(1977年/任天堂)や、"TV JACK 1000"(1977年/ バンダイ)、"テレビベーダー"(1980年/エポック社)、"カセットビジョン"(1981年/エポック社)など、各社からさまざまな家庭用ゲーム機がリリースされ、ゲームの遊び場はゲームセンターから家庭へと大きく広がっていく。

ちょうどそのころ(1980年前半)のセガのアーケードゲームといえば、「ムネンアトヲタノム」のセリフが有名な剣劇アクション『サムライ』(1980年)や、潜水艦ゲームの決定盤『ディープスキャン』、クォータービューの3Dシューティング『ザクソン』(1982年)などがある。筆者もゲームセンターでよく遊んだものだ。

▲剣劇アクション『サムライ』筐体(1980年)

▲3Dシューティング『ザクソン』筐体(1982年)

ここで余談だが、1979年から『コロコロコミック』(小学館)で連載がスタートしたマンガ『ゲームセンターあらし』(著:すがやみつる)は、もちろんゲームファンならご存じだろう。本作品は、当時のゲーマーたちのバイブルであり、主人公・石野あらしの秘技"炎のコマ"は、多くの子どもたちがゲームセンターでマネをしていたほど。もちろん、かく言う筆者もその例外ではない。

そんな『ゲームセンターあらし』に登場したセガのアーケードゲームに、『トランキライザーガン』(1980年)がある。本作は、麻酔銃で猛獣を眠らせトラックへ運びこむという斬新なルールの作品だ。

▲『トランキライザーガン』筐体(1980年)

猛獣の種類(ヘビ、ゴリラ、ライオン、ゾウ)によって必要な麻酔銃の弾数が異なり、獲物から逃げるか、それとも迎え撃つのかといったとっさの駆け引きが熱く、また麻酔の効き目が切れるまえに獲物を引きずってジープへと連れ帰るドキドキ感……このようにシューティングとアクションの両方の性質を備え持つ高いゲーム性が、石野あらしをはじめ、多くのプレイヤーを魅了したのである。

ちなみにこの『トランキライザーガン』のプレイがきっかけで、石野あらしの秘技"エレクトリックサンダー"が生まれることになったのは知る人ぞ知るエピソードだ。

話を戻すが、1980年代に入るとゲームは技術の進化によってシステムやグラフィックが昇華し、またフィールドがゲームセンターから家庭へと広がったことで、ジャンルも多様化していったのである。

そして、1983年には"ファミリーコンピュータ(ファミコン)"(1983年/任天堂)が発売され、現在のゲーム業界へと繋がる一大ムーブメントを巻き起こしていく。

そんなファミコン発売と同じ1983年7月15日に、セガは自社初となる家庭用ゲーム機"SG-1000"(1983年)をリリース。さらに、"SG-1000II(セガ・マークII)"(1984年)"セガ・マークIII"(1985年)と新ハードを立て続けに世に送り出し、セガはセガでアーケードゲームと平行して、家庭用ゲーム機の分野にも注力していったのである。

なお、そのころ(1983年~1984年)のセガのアーケードゲームには、国内初のレーザーディスクゲーム『アストロンベルト』(1983年)、プロレスゲームの名作『アッポー』(1984年)、アーケード史上唯一の闘牛ゲーム『ザ・闘牛』(1984年)などがある。

先ほど話に出た『トランキライザーガン』の斬新なゲーム性はもちろんだが、まだ、家庭では遊ぶことのできなかったレーザーディスクのゲームをいち早く世に送り出したり、闘牛という一風変わった題材のゲームをリリースするなど、当時からセガという会社が非常に尖っていたのが垣間見える。

なお、当時の家庭用ゲーム機は、"ゲームセンターのゲームが家で遊べる"というのがステータスのひとつでもあった。その反面、アーケードゲームは家庭用ゲームとの差別化を図るため、'80年代中盤以降、セガは『ハングオン』(1985年)を皮切りに、"体感ゲーム(大型筐体)"ブームを生み出していくのである。

▲『アッポー』ブローシャー
(1984年)

▲『ハングオン』筐体(1985年)

(文・ローリング内沢)

1980年~1984年のおもな出来事

1980年

  • 巨人の長島茂雄嶋監督が辞任、王貞治選手が現役引退
  • 三浦友和さんと山口百恵さんが結婚
  • ジョン・レノンがニューヨークの自宅まえで射殺

1981年

  • 初のスペースシャトル・コロンビアの打ち上げに成功
  • ロナルド・レーガン氏が第40代アメリカ大統領に就任
  • ピンク・レディー、後楽園球場で解散コンサートを開催

1982年

  • 東北新幹線、上越新幹線が開業
  • 500円硬貨発行
  • ホテルニュージャパンで火災発生

1983年

  • 東京ディズニーランドが開園
  • 任天堂がファミリーコンピュータを発売
  • 朝の連続テレビ小説(NHK)で『おしん』が放送開始

1984年

  • グリコ・森永事件
  • 日本銀行が15年ぶりに新札を発行
    【10000円(福澤諭吉) 5000円(新渡戸稲造) 1000円(夏目漱石)】
  • 映画『風の谷のナウシカ』封切り

参考資料:セガ・アーケード・ヒストリー(エンターブレイン刊)

<span>第13回</span>ゲームをポップカルチャーに押し上げたセガの功績