セガ・アーケードゲームヒストリー

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第6回
ゲームジャンルとゲームシステムの多様化
(1999年~2002年)

2017年02月28日掲載

ゲーム業界の歴史を振り返るコラム。各時代のムーブメント(時代背景やおもな出来事など)を解説しつつ、年代ごとにカルチャーとしてのゲーム(おもにセガ・インタラクティブのアーケードゲーム)の立ち位置や魅力を語っていく。

1998年11月、セガは新ハード(家庭用ゲーム機)"ドリームキャスト"を発売した。当時、ゲームセンターで人気を誇っていた、同社の『バーチャファイター3tb』(1997年)『セガラリー2』(1998年)などの移植タイトルを引っさげ、家庭用ゲーム機市場に切り込みをかけていったのである。ちょうど、セガサターンをはじめ、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)のプレイステーション、任天堂のニンテンドー64などが、しのぎを削っていた時代である。

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▲『バーチャファイター3tb』(1997年)

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▲『セガラリー2』(1998年)

そして同時期、セガ・アーケードゲームの分野では、"MODEL3"に続く主力基板として、ドリームキャストと互換性を持つ"NAOMI(New Arcade Operation Machine Ideaの頭文字を取って命名)"基板が登場する。

この基板は、これまでのアーケードゲーム基板を大きく上回るグラフィック処理能力を実現させ、またアーケードと家庭用ゲームの相互移植および並行開発を容易にさせたのである。

なお、"NAOMI"の第1弾アーケードタイトルとしてリリースされたのは、ガンシューティングゲームの『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド2』(1998年)だ。本作はその後、アーケード版とほぼ遜色のないかたちでドリームキャストにも移植され、ドリームキャスト版は約30万本近い売上を叩き出すヒット作となった。

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▲『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド2』
(1998年)

このようにセガは、アーケードゲームと家庭用ゲームの"互換性"をひとつの武器として、20世紀の終わりを迎えようとしていたのである。

そして……「7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」という、有名な"ノストラダムスの大予言"に不安を覚えた人も多かった、1999年。ゲーム業界は、そんな懸念は物ともせず、これまでどおり活気に溢れていた。

新ハードも続々と登場し、バンダイから携帯ゲーム機のワンダースワンが、またSNKから同じく携帯ゲーム機のネオジオポケットカラーがリリースされ、"遊びの(ゲーム機の)選択肢"もさらに増えていった。ちょうど、家庭用ゲームもアーケードゲームも、ジャンルやシステムが多様化していった時期である。

とくにセガのアーケードゲームでは、さまざまな職業をシミュレートした"職ゲー(職業ゲーム)"が多数リリースされ、"セガ職業ゲームシリーズ"として、新たなムーブメントを作り上げていった。

その第1弾となるのが、旅客機のパイロットを疑似体験できるフライトシミュレーション『エアラインパイロッツ』(1999年)だ。本作は、開発に日本航空が協力し、当時の最新鋭機であるボーイング777-200がゲームに収録されている。3つのモニターを使用したデラックス筐体は、画面に副操縦席まで描かれており、操縦桿を操作する副操縦士の腕までも再現しているという懲りようだ。

また、『クレイジータクシー』(1999年)は、その名のとおり、プレイヤーがタクシードライバーとなり、制限時間内に客を目的地へ届けることが目的のドライビングゲームだ。本作はドリームキャスト版もリリースされ、"名作"としていまだに人気のあるタイトルのひとつとなっている。

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▲『エアラインパイロッツ』(1999年)

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▲『クレイジータクシー』
(1999年)

ほかにも、救急搬送を題材としたレースゲーム『救急車 EMERGENCY CALL AMBULANCE』(1999年)や、消火活動を題材としたシューティングアクション『消防士 BRAVE FIRE FIGHTERS』(1999年)といった"職ゲー"も発売された。なお後者は、京都府にある施設、京都市市民防災センターに寄贈され、現在も消火体験シミュレーターとして稼働している。

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▲『救急車 EMERGENCY CALL AMBULANCE』
(1999年)

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▲『消防士 BRAVE FIRE FIGHTERS』
(1999年)

さらに変わった職業では、野生動物調査員になりきれる『ジャンボ!サファリ』(1999年)がある。ジープを運転しながら、野生動物の捕獲および調査を目的としたアクションゲームで、各エリアで時間内に指示された種類の動物をロープで捕獲するのが目的だ。

まさに、"動物を捕獲するゲーム"という流れでは、往年の同社のアクションゲーム『トランキライザーガン』(1980年)を彷彿とさせる(余談だが、『トランキライザーガン』が家庭用ゲーム機SG-1000に移植される際にはタイトルが『サファリハンティング』(1983年)に変更されており、『ジャンボ!サファリ』とは"サファリハント"繋がりになっている)。

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▲『ジャンボ!サファリ』(1999年)

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▲『トランキライザーガン』(1980年)

これら"職ゲー"の流れは業界内に大きく飛び火し、タイトーからは運転シミュレーション『パワーショベルに乗ろう!!』(1999年)、コナミ(現・コナミデジタルエンタテインメント)からは、ガンシューティング『ザ・警察官』(2001年)など、各社からさまざまな職業を題材にしたタイトルがリリースされた。

そして、1999年には、セガから競走馬育成シミュレーション『ダービーオーナーズクラブ』(1999年)が発売された。本作は、"セガ職業ゲームシリーズ"ではないものの、競走馬のオーナー・調教師・騎手になりきれるという点では、"職ゲー"らしさも感じられる。

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▲『ダービーオーナーズクラブ』(1999年)

なお、本作は、ゲーム業界およびセガで初めて、磁気(IC)カードによる情報保存システムを採用したアーケードゲームである。

この磁気カードによる情報保存システムは、その後も、同社の『バーチャファイター4』(2001年)や、『ワールド クラブ チャンピオン フットボール』(2002年)などにも採用され、現在では他社も含めたアーケードゲーム業界のスタンダードとなっている。

なお、前者の『バーチャファイター4』は、セガが提供するネットワークサービスの『ALL.Net』と初めて連動し、アーケードゲームをインターネットで繋ぐことで、通信対戦や全国ランキング、プレイデータ等の保存を可能にさせた。

また、後者の『ワールド クラブ チャンピオン フットボール』は、業界で初めてトレーディングカードを使用した(使用してプレイする)アーケードゲームだ。

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▲『バーチャファイター4』(2001年)

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▲『ワールド クラブ チャンピオン フットボール』
(2002年)

このように当時のセガ(のアーケードゲーム)は、"磁気カードの導入"、"ネットワーク化"、"トレーディングカードの採用"など、革新的なゲームシステムを生み出し、業界に新風を巻き起こしていったのである。

そして、その後の2000年初頭~中盤にかけてのアーケードゲーム業界は、セガが生み出したシステムをベースにして、"ネットワークゲーム"と"カードゲーム"が、新たなムーブメントになっていくのである。

(文・ローリング内沢)

1999年~2002年のおもな出来事

1999年

  • プロレスラーのジャイアント馬場選手が死去
  • 地域振興券を政府が対象者に支給
  • "2000年問題"が話題に

2000年

  • イチロー選手が野手として日本人初の大リーガーに
  • 新紙幣2000円札と新500円硬貨が発行
  • 都営地下鉄大江戸線が全線開通

2001年

  • ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが開園
  • JR東日本より新タイプの定期券(ICカード)"Suica"が登場
  • アメリカ同時多発テロ事件が発生

2002年

  • 住民基本台帳ネットワークが稼働
  • 小柴昌俊氏がノーベル物理学賞を、田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞
  • 多摩川にアゴヒゲアザラシのタマちゃんが出現

参考資料:セガ・アーケード・ヒストリー(エンターブレイン刊)

<span>第13回</span>ゲームをポップカルチャーに押し上げたセガの功績