Creator’s Interview

セガとの出会いは
"セガ・スーパーサーキット"。

-セガという会社を知ったきっかけは?

きちんとセガを意識したのは、高校時代。横浜博覧会(1989年)に出展された"セガ・スーパーサーキット"です。小型カメラが内蔵されたラジコンカーを遠隔操作し、ジオラマのコース内を走らせるドライブアトラクションでして、『アウトラン』のような大型筐体に乗って遊ぶんです。あれは当時としてはとても斬新で、印象に残りました。

-博覧会にはそれを見に行ったのですか?

そのためだけに行きました。"セガ・スーパーサーキット"を体験したあと、満足してすぐに帰ってしまったので博覧会のほかの展示はまったく記憶にないです(笑)。

-当時は、将来どのような職業に就きたいと思っていましたか?

「何かしら物を作りたい」という気持ちはあり、また、「プログラムで実現できることはとても幅広い」と感じていましたので、漠然とプログラマーになりたい、という考えはありました。

-初めてのセガとの出会いの後、セガへ入社するまでの経緯は?

大学時代、授業の合間にゲームセンターに入り浸って、『バーチャレーシング』(1992年)にどっぷりはまっていたのですが、そんな時、人づてに「セガの開発部門でアルバイトしてみないか」と声をかけてもらって。「このゲームを作った会社で働けるのか!」と、すぐアルバイトすることにしました。

-『アルバイト時代はどのようなお仕事を?

第二AM研究開発部(現/セガ・インタラクティブ 第二研究開発本部)に配属され、最初は倉庫整理やネットワーク配線工事、開発機材の調達、機材のセットアップなど、開発環境を整える仕事を担当しました。
直接的なゲーム開発とはまったく無縁で、プログラムもほとんど書かず。開発ツールのメンテナンスぐらいはしていましたが、お手伝いの範囲でしたね。一応プログラマーとして入ったつもりだったんですけど(笑)。 しばらくは開発環境の整備を担当しまして、その後セガサターン版『バーチャファイター』のCDライティング(いわゆるCD焼きと言われるデータ書き込み)を担当することになりました。
当時の開発環境はUNIX系システムでしたので、Windows PCが一切なかったんです。しかし、セガサターンのCDを作るのにはWindows PCが必要でした。そこで、「Windows PCに詳しいスタッフはいないか?」ということで私に白羽の矢が立ったんです。
UNIX系システムしかなかったところにWindows PCを取り入れて、セットアップから何からすべて行いましたね。これが、アルバイト時代の大仕事だった気がします(笑)。

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