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Creator’s Interview セガ・インタラクティブ 第三研究開発本部 開発一部 サウンドセクション チーフクリエーター/ボーカリスト 光吉猛修

逆もまた真なり 光吉猛修

代表作

  • 「デイトナUSA」
    「maimai」「CHUNITHM」
    サウンドクリエイター・ボーカリスト

代表作

  • 「デイトナUSA」
    「maimai」「CHUNITHM」
    サウンドクリエイター・ボーカリスト

S.S.T.BANDに出会い、
すぐに思い立ってデモテープを送りました

―まずは、光吉さんの生い立ちについて教えてください

1967年に福岡県で生まれました。小・中学時代はアウトドア派で、当時、プロ野球がすごく盛り上がっていたこともあり、将来はプロ野球選手になりたいと思っていたんです。 なかでも王(貞治)選手に憧れていまして、自分は右利きなのに、左投げ・左打ちの練習ばかりしていました(笑)。

―そんな野球少年だった光吉さんが音楽に興味を持つことになったきっかけは?

音楽は趣味でよく聴いていましたが、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)(※)を知ったのがきっかけで演奏や作曲に興味を持ち始めました。ちょうど中学の後半から高校に入学した頃ですね。
テクノポップというジャンルに初めて触れ、またメンバー3人のミステリアスな部分も含めて、とても刺激的でした。
YMOが使用していた楽器ということもあり、最初にキーボードを購入して弾くようになりました。


(※)YMO:1978年に結成された坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣によるテクノユニット。1983年に散開(解散)。

―学生時代、バンド活動はされていたのですか?

はい。高校2年生のときに、友だちに誘われたバンドでキーボードを担当していました。私としては、YMOの楽曲を演奏したかったのですが、そのバンドではパワー・ステーションというイギリスのロックグループのコピーをしていました。
最初は「ベースを担当してほしい」と頼まれたのですが、キーボードしか弾けなかったこともあり、いわゆるシンセベースを担当したんです。演奏する楽曲自体はロックなんですが、キーボードでベースを弾いているというちょっと変わったバンドでしたね(笑)。

―高校卒業後の進路は?

高校卒業後は、大学に進学し経済学を専攻しました。同時に、軽音楽部に入って、バンド活動を続けていましたが、はっきりした将来のビジョンはなく過ごしていて。
そんななか、軽音楽部の後輩と車で移動中、たまたま彼がかけた音楽がセガのアーケードゲーム『ギャラクシーフォース』(1988年)のアレンジ版だったんですよ。

―そこでセガ(のゲームミュージック)と出会ったんですね。

そうなんです。先ほどお話ししたYMOが散開(解散)してしまって、音楽への拠りどころがなくなっていたのですが、後輩がかけてくれた『ギャラクシーフォース』の曲が、まさに私の大好物であるインスト(インストゥルメンタル)音楽だったんですよね。
詳しく話を聞くと、セガというゲーム会社のサウンド開発者が、サラリーマンなのにライブをおこなったりCDを出したりしていると(笑)。それが、S.S.T.BAND(※)との出会いでした。
もう、「これだ!」と思い立って、すぐにセガにデモテープを送ったんです。アナログ4トラックを重ね録りした、いま思うと本当にチープな音源なのですが、それが運良く採用されましてセガに入社することになったんです。


(※)S.S.T.BAND:セガのゲームミュージックを演奏することを目的として、1988年に結成された世界初のゲームミュージックバンド。

光吉猛修[後篇]

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