第二研究開発本部 第一開発部 プランセクションディレクター

サービス 百渓 曜

代表作

  • 『BORDER BREAK』
  • ディレクター

ゲームで貯金を使い果たしてゲームライターへ、
ライターからゲームプランナーへ

-百渓さんはゲームライターを経てセガに入社されたそうですが、ライターになった経緯を教えてください

学生時代、ゲームで遊ぶのは好きでしたが、当時は「ゲーム制作はプログラムなどの勉強をした特別な人がやるもの」という意識があり、将来の職業の選択肢には入っていませんでした。

高校を卒業後、大学に進学しようと思っていたのですが、けっきょく大学には進まず、しばらくはゲームを中心に遊んで暮らしていました。18歳くらいのころ、『ストリートファイターII』(1991年/カプコン)にハマり、そこから対戦格闘ゲームをずっとやっていました。そして22歳のときに『バーチャファイター2』(1994年)を遊びすぎて貯金がなくなってしまいまして(笑)。そのときにゲーム雑誌でライターをやっていた知人が「いっしょに働かないか?」と誘ってくれたのがきっかけです。

-そこからどのようにセガへの入社につながっていくのでしょうか?

以前ライターとして一緒に仕事をしていた方が、『バーチャファイター4』(2001年)の開発のお手伝いをしていまして、僕に声をかけてくれたんです。

そのころ私はフリーランスとして仕事をしていたので、『バーチャファイター4 エボリューション』(2002年)から業務委託として開発に参加させてもらうことになりました。

『バーチャファイター4 エボリューション』のプレイステーション 2版の開発が落ち着いた頃、いったん契約満了という形でセガから離れたのですが、その後またまたセガの『Quest of D』(2004年)にドハマり。ひたすらプレイしていたら、再び声をかけてもらった感じです。2007年から『ボーダーブレイク』(2009年)のチームに参加し、契約社員となりました。


-ライターとして働いていた経験は、セガでの仕事でも役立ちましたか?

はい、いまでも大いに役に立っています。

じつはライターになる以前から、「このゲームはこういう作りだな」、「もっとこうだったら面白いのに」といったことを考えるタイプで。ゲームライターは、ゲームを分析してそれを文章にする仕事ですから、その経験はプランナーの業務に直接役立っています。

また、ライターとして身につけた、"わかりやすく説明する"、"間違いのない文章を書く"スキルを発揮して、フレーバーテキスト(ゲーム内の武器・防具・アイテム・背景設定などを説明する文章) を始めとする、ゲーム内外でのテキスト作成で活躍できました。

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