ゲーム屋インタビュー セガ・インタラクティブ 第二研究開発本部 第二開発部 部長 大崎誠

只管ゲーム屋 大崎誠

代表作

  • 『艦これアーケード』プロデューサー
  • 『初音ミク Project DIVA Arcade』
    シリーズ プロデューサー

ゲームの仕事に携わろうと思ったのも、
大学進学を決意したのも『ゼビウス』がきっかけ

-どのような幼少期を過ごされていましたか?

1970年生まれで、福井県・敦賀市の出身です。10歳のときに親の転勤で引っ越しをしまして、大学に入るまでは山口県の岩国市に住んでいました。"スーパーカー消しゴム"などで遊んでいた、いたってふつうの小学生です。小学4年生のとき、地域のソフトボールチームに参加していましたが、自らの意志で入団したというよりは、周りが当然のようにやっていたので「参加しない」という選択肢がなくて(笑)。その流れで、中学校では野球部に入部しました。
一方、時代的には、ちょうどパソコンブームが隆盛だったころで、NECからはPC-6001やPC-8001、シャープからはMZー1200などが発売され、どうしても欲しかったので親に頼み込んだんです。すると、「テストの成績が学年で10位以内になったら買ってもいい」と。そこから猛勉強を始めました。もともと成績は良くなかったんですが、努力の甲斐あって、半年後に10位以内を達成し念願のMZ-1200を買ってもらいました。物欲のちからってすごいですよね(笑)。
このときに"勉強の仕方"を覚えまして、高校は進学校に進み、大学へ行くこともできました。私にとって"勉強"は、一種の"ゲーム感覚"に近かったんだと思います(笑)。

-初めてのゲーム体験は?

小学生のときにプレイした『スペースインベーダー』です。当時は"インベーダーハウス"と呼ばれるゲームセンターが全国各地に点在していたのですが、そこでの体験が初めてでした。
ほかにも、『クレイジーコング』(『ドンキーコング』のクローン版)や『ラリーX』などで遊んだ記憶もあります。 また、携帯型液晶ゲーム機の"ゲーム&ウオッチ"を親に買ってもらいまして、私は『ファイア』を、弟たちは『ジャッジ』と『バーミン』を持っていて、それをよくプレイしていました。
そしてもちろん、"ファミコン"ブームの洗礼も受けました。『ゼビウス』がとにかく大好きで、ファミコンで発売されると聞けば買うしかありませんでした。ほかにも『ロードランナー』、『チャンピオンシップロードランナー』、『テニス』、『バルーンファイト』などが好きでしたね。ディスクシステムでは、『ゼルダの伝説』、『バレーボール』などを遊びました。
そして、さきほどお話した、猛勉強して買ってもらったMZ-1200では、『マイコンBASICマガジン』(※電波新聞社発行・現在休刊)に掲載されていたプログラムを打ち込んで、さまざまなゲームを楽しみました。……ありがたいことに我が家は"学校の成績が良ければ何も文句を言わない家庭"でしたので、たくさんのゲームを遊ぶことができました。もちろん、そのぶん勉強も部活もがんばりましたけど。

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